地震


どことなく、沈丁花の香り。
香りにつられてたどりついた沈丁花は、なんのこともないように凛と白くて淡紅色の小さな花びらを沢山つけていた。


3/16、今日は混乱した電車を利用し仕事関係で横浜に来ていた。
見上げた空は、母が数年前に起きた福岡の大地震のあともこんな青空で、誰に説明しても恐ろしい気持ちはわからんくて
気が滅入る、て言っていたのを思い出すほどの、真っ青な空だった。

と、思ったら、突然強風が吹き目も開けていられないほどの砂埃、不気味な黒い雲がみるみるうちに襲ってきて、
なんだか変だねー、気味が悪いねーと話していたら、まもなく地震が起きた。
これが、地震雲で、これが地震が起きるときの兆候なのね、と妙に落ち着いて納得する。






3/11、私は仕事中だった。
仕事柄、怖いとも言えず物が落ちてこないように押さえながらひたすら揺れる中で耐えるしかなかった。
ニュージーランド地震を体験した女性がインタビューで話していたことがグルグルと頭の中を過り、このまま死んでしまうのでは
ないか、と思った。横に揺れて縦に揺れてまた横に揺れて。ずいぶんと長い揺れの中であの女性が言っていたようにこの次は天井が落ちてくるのではないか、と思った。
強い揺れが落ち着き小さい揺れが続く中で、状況報告だ、安全確認だ、と恐怖心を持ったまま走り回った。
窓の外を覗くと向こう側で黒煙が立ち上り手前では黒い雲があたりを覆っていて、現実を受け入れることが出来ないまましばらく窓の外を
眺めて、また仕事に戻る。良かった、生きている。涙が出るのを必死で堪えた。


なんとか勤務が終わって、ホッとしたところでこの出来事を話そうと友人や親や彼に電話する、も通じない。
大きな通りは大名行列のように人が歩いている。
家に帰ると冷蔵庫の扉があいたまま中の物が外に飛び出し、炊飯器はおっこちて外側が割れている、チェストはひっくり返り本は崩れ落ちていた。

慌ててテレビをつけ、そこでようやくこの地震の影響を知る事になった。


その後は実際的な被害を受けていないものの、余震におびえる日々を過ごした。
それでも、東北の被災地の方に比べたらこんなことなんのその、だ。


私は、私に出来ることをしよう。